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3冊の『エドウィン・マルハウス』- スティーヴン・ミルハウザーの魅力

エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死

スティーヴン・ミルハウザーのデビュー作『エドウィン・マルハウス』(翻訳:岸本佐知子)は3冊ある。福武書店の単行本、白水社の単行本、そして、河出文庫。単行本は2冊とも絶版している。福武書はベネッセに名前まで変わって、文芸ものから手を引いたから仕方ないんだけどね。

上に貼った画像は白水社の単行本。もちろん、手元にある。福武書店版も持っている。発売されて、すぐに買った。2冊とも、本棚に大切にしまっている。

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↑ 上の補足みたいなもの

3冊の『エドウィン・マルハウス』

まとめておくね。( 」内は翻訳本の初版が出された西暦。

すべて、翻訳者は同じ。原題は『Edwin Mullhouse: The Life and Death of an American Writer 1943-1954, by Jeffrey Cartwright』。長いタイトルだな。ニュアンスとしては白水社版がいちばん近い。表紙のデザインは福武書店が最も好み。小説の匂いに、よく合っていると思う。

エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死

エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死

 

 ※単行本(白水社

福武書店エドウィン・マルハウス』の帯

単行本でも文庫本でも帯は残しておく派。初めて読んだ『エドウィン・マルハウス』の帯にはこんな文章が太字で書かれている。

子供の宇宙

スティーヴン・ミルハウザーの作品群を解説するときに「幻想」や「ロマン」「懐古」なんて言葉がつかわれるけれど、この帯にあるキャッチコピーが秀逸すぎる。大人には見えない感性で、緻密な小説世界を構築しているのがスティーヴン・ミルハウザーの特徴だ。おそらく、読んでいる最中から琴線に潜り込んだのも、そんな特徴にツボったんだと思っている。

 ※河出文庫

『三つの小さな王国』の「J・フランクリン・ペインの小さな王国

エドウィン・マルハウス』と変わらないぐらい好きな作品だ。『三つの小さな王国』が発売されたのは1998年。後に白水Uブックスになった。題名通り3つの中編が集まっている。

まったく違うテーマの3編だが、どの作品もミルハウザーの匂いが色濃く散りばめられていた。最も好きなのはひとつ目の「J・フランクリン・ペインの小さな王国」。言葉の精緻な表現に物(手描きのアニメーション)や人(娘のステラ)に対する寡黙な愛情が感じられて、とても素敵な小説だ。

お気に入りの箇所はこの段落。単行本の28ページには栞がはさんである。

 翌年の春に、娘のステラが生まれた。娘に小さなソックスをはかせてやり、足の裏に自分の口をあてて、唇が熱くなってくるまで息を吹きかける。そうやって娘の足を暖めてやることをフランクリンは好んだ。時おり夜中に目をさまして、娘が眠っている最中に死んでしまったのではないかと心配でたまらくなった。そんなときは、娘の部屋にそっと忍び込み、身をかがめて寝息を確かめた。聞こえたあとも長いあいだじっと娘を見つめ、やがて、毛布を顎まで上げてやってから自分の部屋へ戻った。

『3つの小さな王国』(白水社 翻訳:柴田元幸)「J・フランクリン・ペインの小さな王国」より抜粋

この箇所は場面転換の段落として、次章からの展開を示唆するような仄かな光を放っているんだよね。主人公の心優しき性格が、ちょっとした繋ぎの文章にさえ、さりげなく忍ばせてある。スティーヴン・ミルハウザーの文章は手抜きがない。精密な歯車が重なり合った腕時計みたいな文章をつくる。ミルハウザーは職人気質の作家だと思っている。

三つの小さな王国 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

三つの小さな王国 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

 

スティーヴン・ミルハウザーの小説は、夢見る子供がそのまま大人になったようだ。忘れた頃に、ふと日常の隙間に、それぞれの小説で描かれた情景や言葉が忍び込んでくる。鮮やかな白昼夢と似ている。部屋へ戻って本のページを確かめないと、偽物(小説)が本物(現実)ではないかと錯覚してしまいそうな気がするんだよ。

 

yosh.ash

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