読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

yosh-ash’s Space

言葉・音楽・好奇心

2冊の「ロックス」(山川健一) 

book music weekly theme prose

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」

 

www.youtube.com

Primal Screamとは関係ない。「ロックス」(山川健一)が再販されるときに募集していたやつを、そのままコピペする。何年前のことだろう?文体が若いな。採用されたのでweb上のどこかにまだ残っているはずだ。

 

 

 ぼくの手元にはすでに2冊の「ロックス」がある。最初の1冊は単行本で、1986年5月10日付けの初版だ。カヴァーの写真がクールで、それを眺めてるだけで全身に電流が走る。まだ、見たことのない人は一度、ぜひ見て欲しい。フラッシュバック感覚。とても良質なトリップ。今もこれを書くための参考にと本棚から取り出してきたのだが、気が付いたら最後まで読んでしまっていた。体内に流れる血が「ロックス」のフィルターを通して、あの頃の思いをよみがえらせてくれる。

 もう、1冊は文庫本。単行本に遅れること2年。1988年8月25日。たしか「水晶の夜」のあとに出版されたはずだ。単行本よりは小さいので、よくカバンに入れ、持ち歩いていた。通学の電車のなかで、暇つぶしのファーストフードの席で、よく晴れた日の公園のベンチで……様々なシチュエーションでページをめくった。噴出するアドレナリンの質と量はどんな場所でも変わらず、特に滅入った気分のときには特効薬だった。周囲のくだらない会話や、店内に流れるBGMや、風の音なんか気にならなくなり、いつでも「ロックス」のパッションを味わうことができた。愛着があるのは断然、こちらだろう。

 この文庫本の1ページ目……題名と著者名のページには、「Keep on Rolling! Kenichi Yamakawa」と黒のマジックで書かれたサインがある。1989年の夏、ルーディ関西初お目見えの際に貰ったものだ。ライブがはねた後、ライブハウスの前で機材の搬出が一段落したときに書いてもらった。そのときの写真が今でも引き出しの奥に大切に置いてある。ハッピーな空間にいて笑みを浮かべているぼくと、隣にいる生・健さんに緊張しているぼく。2つが入り混じって、白黒のぼくは複雑な顔をしている。(この日、1989年8月19日のぼくの心理状態はそれだけで1編の小説に、1本のフィルムにできそうで、それをここで書いてしまうと彼方に飛んでしまうので止めておきます)。1年間でぼろぼろになった文庫本にサインが加わって、それはぼくにとって何物にも代え難い大切な宝物と確定した。

 もし、余命幾ばくかしか残っていないと宣告され、ぼくの体が火葬されるとしたら「ロックス」の文庫本と一緒に燃やして下さいと頼むだろう。

 冗談でなく、結構、本気で。

 これにあと、「ロックス」の初出である『すばる』1985年11月号でもあれば完璧なんだろうけど、それは持ってない。一時期、古書店で探していたときもあったが、もう、これ以上「ロックス」で満腹になる必要はないだろうということで諦めてしまった。
(その『すばる』にサインを貰っていたY子は元気なんだろうか? 今、どこで何をしているのだろう?)

 そこまでにぼくが「ロックス」に入れ込んでしまったのは何故だろうと自分でもよく思った。それ以前にも健さんの小説やエッセイなど読んでいたし、それはそれでとても好きだった。完成度といった面でも、初期な「さよならの挨拶を」や最近なら「安息の地」の方が上だと思うし、小説の形態からいっても、正直ぼく好みではないはずだった。

 おそらく、一番の要因はぼくの年齢なんだろう。当時、ぼくは20歳ぐらいで、くだらない社会ってやつに出るべく模索していた。具体的にこんな職業に就きたいとかそういうレベルではなく、くだらない社会に対してどういうスタンスで生き延びていくのかが分からなかった。(今でも分からないという説もあるけれど……)

 自分が何者になっていくのか不安でもあった。だからこそ、無性に刺激を欲しがっていた。それは体がではなく、脳味噌が新しい刺激を常に求めていた。文学、科学、美術、映画……欲望のままに注入していった。

 そんなカオスな脳味噌にひとつのベクトルを与えてくれたのが、健さんの作品群であり、結実したのが「ロックス」だった。

 10年の年月が経って、振り返ると(イヤな言葉だな……)、そんなふうに思える。  誰もが、大なり小なり、後の影響力に差異はあるかもしれないが、そんな事柄を心に持っているのだろう。僕の場合はそれが「ロックス」だった。だから、万人の人に「ロックス」を読もうなんてことは大きな声で言えない。当然、時代も変わった。ただ、10年前のぼくのように何かしら得体の知れない異物を感じている人は一度、触れてみてはどうだろうか?

 ぼくのようにぴったりの処方箋になる保証はないけれど、損はしないと思うよ。

 副作用の責任は持てないけれどね。

 

yosh.ash